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Zak MURASE

AIも半導体も後塵拝すインテル 凋落の裏に2000社投資したCVCの存在

インテルは、シリコンバレーで半導体業界をけん引するリーダーとして長年君臨してきた企業である。シリコンバレーのみならず、アメリカを代表する優良テクノロジー企業として業界に与えた功績は大きい。半導体の性能が18カ月で2倍になるという「ムーアの法則」を体現し、たゆまないプロセス改善によるパフォーマンスの向上で、パソコンやサーバー向けのプロセッサ市場で圧倒的な地位を築いてきた。


しかし、2000年代にモバイルの波に乗り遅れただけでなく、現在急速な発展を遂げているAIの分野でも競合に大きく遅れを取る結果となり、近年業績も低迷している。


特に注目すべきは、インテルが「Intel Capital」というCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を通じて多くのスタートアップに投資し、実績を残してきたにもかかわらず、本業でのイノベーションを十分に起こすことができなかった点だ。日本でもCVC活動が活発化するなか、インテルの事例にはいくつもの学ぶべき教訓がある。


インテルの戦略的誤り


2024年12月3日にCEOのパット・ゲルジンガーが辞任した。表面上は辞任の形を取ってはいるが、取締役会で解任か辞任かを突きつけられたとも言われている。


ゲルジンガーは、2021年にCEOに就任した際、インテルの復活に向けたビジョンを掲げた。製造プロセスの改善、ファブ(工場)事業の拡大、先進技術への再投資など、数多くの戦略を打ち出し、取締役会もこれをサポートしたはずだった。しかし、これらの施策は、ゲルジンガーの就任以前からの10年以上にわたる戦略的な意思決定の軌道修正を試みるものであり、3年やそこらで結果を出せるようなものではなかった。ゲルジンガーの辞任によって取締役会の信頼がさらに失墜しただけでなく、後任を探すのも非常に苦労するであろう。かつての栄光を取り戻すことはもはや不可能ではないかとも思える。


たとえば、半導体製造プロセスで競合のTSMCに後れを取った要因は、長年にわたり、設計・製造・流通を垂直統合的に行う「自社ファブ」という過去の成功モデルに固執した結果である。TSMCが外部企業からの受託製造に特化し、スケールメリットを活用して急速に進化したのに対し、インテルは内部最適化にこだわるあまり、産業全体の変化に乗り遅れてしまった。


この「変化への対応の遅れ」は、いわゆる「イノベーターのジレンマ」の典型的な事例だ。本業が過去に成功していればいるほどこの呪縛から逃れることは困難で、自らの成功を否定するような決断をすることは簡単ではない。インテルがAIで遅れを取っているのも、逐次処理(彼らの強みは一つずつ順番に計算をする)に強みを持つ自社CPUへのこだわりが強かったゆえである。並列処理を必要とするAIのような新しい動きには素早く対応できなかったのだ。


CVCで2000社以上に投資。それでもイノベーションは起きず


競合に遅れをとっているインテルだが、スタートアップ投資を通じてオープンイノベーションを推進することを目的に、1991年にCVC「Intel Capital」を設立している。Intel Capitalは、30年以上にわたりグローバルで2000社以上のスタートアップに投資し、数多くの優秀なスタートアップの育成に寄与した。シリコンバレーのVC界隈でも、Intel Capitalは投資家としての高評価を得ていた。


しかし、このような成功にもかかわらず、結果的に本業である半導体事業において十分なイノベーションを起こすことができなかった。その理由は何なのか?


Intel Capitalは、インテルが長年主力として製造してきたCPUをより多く販売するためのエコシステム構築の一環としての投資戦略を持っていた。より多くの、そしてより高性能のインテル製CPUの需要を増やすため、アプリケーションやサービス領域にまで幅広く投資していたのだ。たとえばデータセンタービジネスにおいて当時急速に拡大しつつあったesports領域の要求に応えられるよう、BoomTVというesportsのエコシステム拡大を志向するスタートアップに投資したのも一つの例だ。たしかにこうした戦略は本業のCPUの販売拡大には寄与したかもしれないが、それはあくまで既存のビジネスの延長上の話であり、自らの成功モデルを否定するような破壊的なイノベーションを志向した投資ではなかった。


AIへの投資や買収ももちろんやってはいたのだが、前者の投資に比べると限定的だった。x86アーキテクチャからエコシステムまで、ビジネスを根底から変革をしていくような影響力はなかった。このような中途半端なやり方では、会社のリソースをAIに全振りしたNVIDIAに勝てるわけもなく、やがてx86の牙城であったサーバー市場までNVIDIAやAMD(米半導体製造企業)に取られていくのを指をくわえて見ているしかない。


後の急成長企業にも投資していた


CVC投資を行ううえで本体とのシナジーを求めることはもちろん必要なことではある。ただ、より長期の未来を見据えた投資を行うとき、必ずしもそれが既存の事業戦略に沿うものではないケースもある。そうした投資を本体とは切り離した形で育てることができるのかどうか。これはCVCの役割というよりは、むしろ本体の経営戦略の話であり、既存事業を強化しながら新規事業も育てるという、いわゆる「両利きの経営」ができるかどうかが問われる。


インテルの場合、短期的にシナジーがないと判断した投資先を積極的に育てて本体に取り込むことをせず、IPOさせたり競合に売却したりして切り離してしまったことで、結果的に既存事業の拡大に偏った経営となり、テクノロジーや市場の新しい波に乗ることができなかった。


グローバルで2000社以上もスタートアップに出資していれば、技術や市場の流れを掴むことは他のプレイヤーに比べて容易にできたはず。米ソフトウェア大手のRed HatやVMware、米電子契約大手のDocuSignなど、その後大きく成長している会社にも投資をしていたので、そうした会社を手中に入れることもできたはずだ。結局、投資活動の中から長期の技術や市場の流れを察知し、勝者となり得そうな会社を育成し、それを最終的に本体に取り込むことで経営に活かすということができなければ、CVCの投資活動は一時的な財務的リターンを得るだけで終わってしまう。こうして得た財務的リターンが新規事業立ち上げのための投資に使われるのであればまだ良かったのかもしれないが、インテルはこれを株主への配当として還元してしまっていた。


CVCはつまるところ、いわゆるベンチャーキャピタルとは根本的に目指すべき目標が違う。どれほど投資家として評価されていても、財務的リターンを出していても、会社として次の世代の事業の柱を育てることができなければ、目的を達成したことにはならないのだ。


競合躍進の予兆を見逃すな


現在、多くの日本企業がオープンイノベーションやCVC投資、新規事業開発に力を入れている。これらは素晴らしい取り組みである一方、なかには短期的なシナジーや成果を求め過ぎたり、本来の目的を見失って、投資そのものが目的になってしまっていたりする事例が散見される。


CVC活動を含むオープンイノベーションの活動は、長期的な経営視点に立てば「次世代事業の創出」に尽きる。いまCVCをやっているのであれば、もう一度この原点に立ち返って、現在の活動が本当にこの目標に向かっているのかどうか見直してみてほしい。


またCVC活動も重要だが、最終的には経営者がCVC活動も含めた全社の戦略を考えるなかで、既存事業の見通しが向こう5年、10年でどう変わりそうか、テクノロジーや市場の流れと照らし合わせたときに、新しい波が来る予兆はあるのか、もしそこに何かが見えてくるのであれば、そこをターゲットにした新規事業創出に向けた思い切った経営判断をすることができるかどうかという点が重要だ。完璧な答えを求めてはいけない。インテルだってNVIDIAやTSMCの躍進の予兆を見ていたはずだが、その時点では既存のビジネスを覆すような経営判断はできなかったのである。答えが揃って結果が見えてきてからでは手遅れなのだ。

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