日本でもオープンイノベーションが叫ばれて久しい。特に近年は大企業が軒並みCVCファンドの設立や、スタートアップへの投資に力を入れるようになった。しかし海外スタートアップへの投資を行うところはまだ数が少なく、日本の国内スタートアップへの投資が中心になっている。日本国内で手を取り合っても、シリコンバレーを中心としたグローバルのテックイノベーションの波に乗ることは難しい。

翻って米国国内のスタートアップの現状をおさらいしてみよう。
投資に関しては、2021年の4Qをピークに急速に冷え込んだ。特にレイトステージでの落ち込みは激しく、2021年までのコロナ禍の金余りの時期に流れ込んだ余剰資金のおかげで、身の丈以上の企業価値で資金調達をしたスタートアップが軒並み打撃を受けた。2023年にはかなりの数のダウンラウンド(前回の資金調達時の企業価値よりも低い評価額での調達)が見られた。

唯一の明るいニュースはAI分野への投資で、特に最近の生成AIの勃興によるこの分野への投資熱の高まりは目覚ましい。アーリーステージであってもかなり高い企業価値での投資ラウンドのニュースをよく聞くが、それ以外の分野のスタートアップにとって、金利が高止まりしている現状を鑑みると2024年も厳しい市況が続くのではないかと思われる。

AmazonのiRobot買収断念が意味すること

一方でM&Aはどうだろうか?

GAFAMをはじめとする米国の巨大テック企業は、過去、積極的にスタートアップを買収することで成長してきた。だがここ数年は米国国内のみならず、欧州や英国の規制強化の影響で大型の買収案件が承認されなくなってきている。最近ではAmazonがiRobotの買収を、AdobeがFigmaの買収を断念したのが象徴的であった。この流れはより厳しくなることはあっても、規制が緩くなることは期待できそうもない。当面は巨大テック企業によるスタートアップの買収はほとんど可能性がないと考えていいだろう。

この流れが意味するものは何か?

レイトステージの米国スタートアップにとって2024年はかなり厳しい年になるということだ。特にSaaSを展開し、テック企業を主な顧客にしていたところは、顧客側の大規模なレイオフと支出の引き締めを受けて、大幅な成長の鈍化が予測される。

2021年までの成長スピードを前提に規模を拡大させてきたスタートアップの中でも、2023年はレイオフによる運転資金の節約を行なったところも多いが、それでも資金が続かなくなるところが続出するだろう。うまく資金を繋いでやっていけるスタートアップでも、2022年からほとんどなくなってしまったIPOの道は当面開けそうもない。大手テック企業による買収もなくなってしまっていることでエグジットの可能性がほとんど見えなくなってしまった。

チャンスは2024年中

これは日本企業にとってはまたとないチャンスだ。

日本はグローバルの流れとは裏腹に低金利(ほぼゼロ金利)状態が続いている。そのため資金調達が容易であるだけでなく、企業内の内部留保が積み上がっていることで、投資や買収に向けられる資金には余裕がある。特に海外での売り上げ比率の大きい会社は円安の恩恵にもあずかっているはずだ。

景気が良かった頃には相手にもしてもらえなかったような米国の優良スタートアップも、いまは喉から手が出るほど資金の出し手を探している。エグジットが見えない彼らにとってはほとんど有利な交渉材料がないため、投資や買収のオファーにおける企業価値はかなりのディスカウントが期待できる。

日本は1980年代後半から1990年代初頭のバブル期以来、すっかりテックイノベーションの波に乗り遅れてしまった。しかし、いまは日本にとっての好条件が揃っており、このチャンスを逃してしまうのはあまりにももったいない。GAFAMがどんなに欲しくても買えないようなスタートアップにもアクセスできるかもしれないのだ。

いまこそ自前主義を捨て去り、本当の意味でのオープンイノベーションを仕掛ける時だ。これまでのような国内だけに目を向けたCVCによるマイノリティ出資や、試してみるだけで終わってしまうPOCを繰り返すのではなく、グローバルの大きな流れに乗って、自分たちだけではできなかった新規事業開発に大きく舵を切るべきである。

このチャンスのウインドウが開いているのはおそらく2024年いっぱいだけではないだろうか。今年はどこかのタイミングで米国の金利引き下げが予想されており、11月の大統領選挙が終わって景気の見通しも良くなってくれば自ずと投資は戻ってくるし、IPOも可能性が開けてくる。

いま日本企業がやるべきことは、大きなテクノロジーの流れを見据えながら、主体的に新規事業の戦略を立て、積極的な投資・買収を仕掛けていくことだ。いま、ここで優秀なスタートアップと組むことができれば、これまで遅々として進まなかったオープンイノベーションの活動を一気に加速させることができるだろう。

<執筆者 Zak Murase